Dr.Yukaの5分間ティーチングブログ

聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 救命救急センター 北野夕佳の5分間ティーチング連載ブログです。日々の臨床で必要な知識を「型」として蓄積するブログです。

ステロイドカバー

サンプル症例:80歳代女性、10年前に関節リウマチと診断。現在、3年前よりPSL 6mg/日+免疫抑制剤を内服している。自宅で転倒し、右股関節痛、体動困難で来院。X線で右大腿骨頸部骨折と診断した。3日後に人工骨頭置換術を予定されている。周術期でのステロイドカバーはどうするか?

  1. 内服しているステロイドの量 (PSL換算)と期間(3週を超えるか?)、内服できていたかを確認⇒一般的に、PSL換算5㎎/日以上かつ3週間以上の内服ステロイドカバー必要 (注1)

  2. Cushing症候群の徴候(満月様顔貌、中心性肥満、皮膚の菲薄化、バッファローハンプなど)があれば、内服量・期間にかかわらずステロイドカバー必要
  3. 現在、急性副腎不全・副腎クリーゼの徴候が無いかを確認→あればステロイドカバー必要 

副腎不全の徴候

  1. 十分な輸液・昇圧剤に不応性のショック
  2. 原因不明の意識障害
  3. 低血糖
  4. 低Na、高K血症

→緊急時には、ヒドロコルチゾン 50-100mg div

 

ステロイドカバーの投与量は、侵襲度により異なるため、毎回下表などを参照すること。

 (注1北野:ただし、症例報告レベルでは、吸入ステロイド、外用ステロイド、より少量のステロイドでも相対的副腎不全を来した報告はあり。術後に原因不明の低血圧、意識レベル低下など認めた場合には、このカットオフ(3週間、5㎎)だけを振り回さずに、臨床的総合判断も忘れぬこと)

 

侵襲(手術・疾患)

ヒドロコルチゾン用量

1時間以内の局所麻酔の手術(歯科・皮膚生検、小さな整形外科の手術)

ステロイドカバーの必要なし

Minor

・鼠径ヘルニア修復

大腸内視鏡検査

・中等度以下の嘔気・嘔吐・胃腸炎

(術前に)ヒドロコルチゾン 25mgを1回点滴静注、その後、通常のステロイド量へ

(具体例:術直前にソル・コーテフ®25mgを点滴静注1回のみ)

Moderate

・開腹の胆嚢摘出

・半結腸切除術

・関節置換術

・肺炎・重症胃腸炎

(術前に)ヒドロコルチゾン50-75mgを1回点滴静注、1-2日かけて通常のステロイド量に減量

(具体例:ソル・コーテフ®50mg点滴静注、その後20-25mg/回を8時間ごと24時間投与、その後通常のステロイド量へ)

Severe

・主要な心呼吸器手術

・膵頭十二指腸切除

・肝切除術

・膵炎

(術前に)ヒドロコルチゾン 100-150mgを1回点滴静注、その後、50mg/回 6-8時間ごとに投与。1-2日かけて50%ずつ減量し通常のステロイド量へ

(具体例:ソル・コーテフ®100mgを麻酔導入前に点滴静注、50mg/回を6-8時間ごとに24時間投与、25mg/回を6hごと24時間投与、その後通常のステロイド量に)

Critically ill

・敗血症によるショック

・多発外傷

ヒドロコルチゾン 50-100mg/回を6-8時間ごと、またはヒドロコルチゾン100mg点滴静注後、200-300mg/day持続点滴投与(+原発性副腎不全の場合フルドロコルチゾン50μg/day)をショックが改善するまで継続。バイタルサインや血清Na値を見ながら数日から1週間以上かけて減量

 

jAMA, 287:236-40,2002、N Engl J Med. 348:727-34, 2003. Ann Surg. 1994 Apr;219(4):416-25.を参照し具体的に分かりやすく著者作成。

 

 

 

以下、解説↓

 

 

  1. 内服しているステロイドの量 (PSL換算)と期間(3週を超えるか?)、内服できていたかを確認。一般的に、PSL換算5㎎/日以上かつ3週間以上の内服ステロイドカバー必要。

 ステロイド長期服用者は、外因性にステロイドが投与されることにより、ネガティブフィードバックがかかり、視床下部-下垂体-副腎皮質系(Hypothalamic-Pituitary-adrenal axis:以下HPA系)が抑制される。それによりCRH、ACTHの分泌が低下し副腎への刺激が低下するため、副腎が萎縮する1)。その結果、手術や感染などのストレスに対して本来認められるはずの適切なコルチゾール(約100 mg/m2/日)が分泌されなくなるため、副腎不全に陥りやすくなると言われている2)

 現在、ステロイドカバーの施行基準や至適用量に明確なエビデンスは存在しない3)。しかし、日々診療を行うにあたり、私たちはある程度の基準を設けて診療・治療を行わなければならない。ステロイドカバーは短期的なステロイドの増量であり、副作用はあるが致死的なものではない。一方で、副腎不全や副腎クリーゼは一度生じてしまうと致死的であるため、図1のグレーゾーン(HPA系が抑制されるか不明な量)も含めて簡略化するために、PSL換算5㎎/日以上かつ3週間以上の内服でステロイドカバーが必要とでここでは設定した。

 副腎の萎縮はステロイドの投与量と期間で決定され、人によって異なるが、PSL 7.5 mg/日かつ3週間以上の投与で生じる1)。また、PSL 5 mg/日以下や投与量によらず3週間以内ではHPA系の抑制は基本的には生じない2)これらは、内因性のグルココルチコイドがPSL換算で5-7 mg/日であり、それを超える量のステロイドを投与すると副腎の萎縮が起きると考えると覚えやすい2)

 PSL 5mg/日より少量、あるいは3週間以内のステロイド投与の場合、ステロイドカバーをルーチンに行う必要はないが、前述(枠内3)の副腎不全・副腎クリーゼの兆候が出た場合は早急にステロイドの投与を行う準備をしておく。何故ならば、以前にステロイド投与がされている場合は、HPA系の回復に数ヶ月から1年程度かかることがあること、PSL 25 mg/日5日間の投与でもACTHの分泌低下が報告されているためである2)

図1

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  1. Cushing症候群の徴候(満月様顔貌、中心性肥満、皮膚の菲薄化、バッファローハンプなど)があれば、内服量・期間にかかわらずステロイドカバー必要。

 Cushing症候群の徴候は、HPA系の抑制と関連している可能性が高いためカバーが必要4)

 

  1. 現在、急性副腎不全・クリーゼの徴候が無いかを確認→あればステロイドカバー必要。
    1. 十分な輸液・昇圧剤に不応性のショック
    2. 原因不明の意識障害
    3. 低血糖
    4. 低Na、高K血症

→緊急時には、ヒドロコルチゾン 50-100mg divを投与し、図のcritical illとして対応した方が無難であると考える。

 

 副腎不全・副腎クリーゼの症状は、悪心・嘔吐、食欲不振、発熱、下痢、低血圧、意識障害などがあり、非特異的で多彩である。そのため、我々が救急外来・集中治療・入院で扱う患者では感染などの急性の病態と副腎不全を鑑別することは難しい。にもかかわらず、急性副腎不全・副腎クリーゼは致死的な病態であり、ここでは頻度が高く、見逃してはならない症状・所見をまとめた。1) 5) 6)

 

1) N Engl J Med, 348:727-34, 2003

2) JAMA, 287:236-40,2002

3) Cochrane Database Syst Rev. 2012 Dec 12;12

4) Ann Surg. 1994 Apr;219(4):416-25.

5) INTENSIVIST vol.7. No. 3. 2015.(p 615-630) 特集内分泌・代謝電解質  (副腎不全、ステロイドカバー)

6) 内分泌代謝専門医ガイドブック改定第3版(p214-220, 228-233)

 

詳細はレジデントノート2017年3月号vol.18.No.18.(p3309-3319) ステロイドの使い方・考え方 吉田稔/北野夕佳に記載してあります。そちらに元文献記載もあります。

 

記載:聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院救命救急センター吉田稔/北野夕佳 

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今回は、うちの専攻医 吉田稔先生が書いてくれました。

北野は監修だけ。いい身分です(笑)。当院へ合流してくれた専攻医の先生にはぜひ同様に活躍してもらいたいと思っています。