x月x日 私の診た救急外来症例です。
(本ブログの症例はすべて、医学的本質を変えずに周辺の事柄を事実と変えてあります)
70歳代男性、本日の主訴は自宅内で転倒、前額部打撲・挫創。「けっこう血が出たので心配になってね」と、救急外来に受診。
「意識消失」ではなくて「足がもつれて、けつまずいてね」とのこと。
頭部裂創縫合。頭部CT 陰性。
既往に胃癌術後。上腹部正中に手術痕あり。
胃癌術後と聞いて、(今回の主訴と関係なくても)脳幹反射的に聴取すべきことは?
- 何年前ですか?
- 胃全摘ですか?胃部分切除ですか?
- (胃全摘の場合)ビタミンB12補充は受けていますか?
どうして上記の聴取が必要なのか?
胃全摘後の一般論:
ビタミンB12は、胃全摘後 数年~10年で枯渇してくる。*1
どうしてビタミンB12欠乏はマズいのか:
SCD (subacute combined degeneration, 亜急性連合性脊髄変性症)=脊髄後索・側索の障害=振動覚・固有覚の低下
神経学的異常は、進行した場合には、B12を補充しても不可逆なことも*4
本症例の続き:
胃全摘は10年前。B12補充はなし。最近よくふらつくけれど、「歳だからね」と本人もご家族も思っていた。
外来採血を見返すと、約3年前(=胃全摘後7年)から MCVが95→105→110→直近では123と上昇あり。
血小板も同じく18万→10万→直近では6万と低下あり。
下肢振動覚軽度低下。固有覚は異常なし。
胃癌術後に関しては「再発を認めないのでフォローは終了=終診」になっているとのこと。
(貧血work up施行の上で)、当院内科外来でビタミンB12筋注を行うことに。
神経所見が戻りますように。。
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胃全摘術後(実は、胃部分切除でも*5)のB12欠乏は、帰国後、何症例も診ました。
あまりに長く認識されずに、神経所見がビタミンB12補後も改善しない方も診ました。苦しくなります。
胃全摘 (or 胃亜全摘)症例を、胃がんの再発がないからという理由で「終診」にすることがそもそも間違っていると常々思っていました。そのような症例をずっと外科で外来フォローすると外科外来がパンクしてしまうのかもしれませんが、ビタミンB12補充に関して患者さんを「誰かの手の中に確実に引き継ぐ」「患者さんにビタミンB12がいずれ枯渇してくる可能性を説明する」必要性を痛感しています。
このことに関して、とある有名な総合内科の先生と話題になった時があり「僕もまったくその通りと思ってます!!」と強く同意してくださり、非常に励まされたのを覚えています。
ぜひこれを読んでくださった先生、上記の箱の中の「一般論=5分間ティーチング=型」を、ご自分が知っているだけでなく、周りに啓蒙し続けてください。
1人でも、ビタミンB12欠乏(=treatable disease)で、不幸になられる方が減りますように。
*1:Hospitalist 2015 vol.3 No.4 血液疾患 pp 803-813
*2:Pocket Medicine, 4th edition, LWW, p5-2
*3:UptoDate, Clinical manifestations and diagnosis of vitamin B12 and folate deficiency, This topic last updated: Jun 28, 2017.
*4:The Washington Manual of Medical Therapeutics 33rd edition p.724
*5:The Washington Manual of Medical Therapeutics 33rd edition, p.723